原爆と悲しみと

広島に原爆が落ちて62年が経ちます。
ぼくには戦争に対する深い思い入れがありません。
それはきっと両祖父とも戦争に殺されずに済んだというのが一番大きな理由だと思っています。


そんなぼくでも、子を持つ親として涙した句を載せます。
きっこの日記」からのコピペで申し訳ありません。


 「原爆句抄」    松尾あつゆき

八月九日 長崎の原子爆弾の日。
我家に帰り着きたるは深更なり。

「月の下ひっそり倒れかさなっている下か」


十日 路傍に妻とニ児を発見す。
重傷の妻より子の最後をきく(四歳と一歳)。

「わらうことをおぼえちぶさにいまわもほほえみ」

「すべなし地に置けば子にむらがる蝿」

「臨終木の枝を口にうまかとばいさとうきびばい」


長男ついに壕中に死す(中学一年)。

「炎天、子のいまわの水をさがしにゆく」

「母のそばまではうでてわろうてこときれて」


十一日 みずから木を組みて子を焼く。

「とんぼうとまらせて三つのなきがらがきょうだい」

「ほのお、兄をなかによりそうて火になる」


十三日 妻死す(三十六歳)。

「ふところにしてトマト一つはヒロちゃんへこときれる」


十五日 妻を焼く、終戦の詔下る。

「夏草身をおこしては妻をやく火を継ぐ」


あとは「きっこの日記」を読んでください。
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20060806